メモリーハンター







そこにある景色は、ただ一色の深緑。その色はとても深くて、まるで海の底まで沈んでしまったような深い緑。

あまりにも深すぎて、見ている者を全て飲み込んでしまいそうな深緑の色をした森。

そんな森の上空を飛んでいる物体が一つ。その物体は少年だった。

森は優しい風にふかれている。風によって揺れる木の葉と葉が擦れた音が、とてもよく聞こえていた。その音はまるで森の声のような。

森の上空を、当たり前のような顔をして飛んでいる少年。

その少年の名前はロゼア・マイル。彼の知り合いは少年のことを『ロゼ』と呼んでいた。

少年は上空から地上を見下ろしていた。

地上にあった大きな森を抜けると、その先に見えたのは一つのかわいい建物。建物の大きさは小さな喫茶店ぐらいで、透き通るような水色の屋根だった。

ロゼは上空から建物を見据えると、地面へと降下して着地する。着地地点から少し歩いて、その建物のドアノブを握り締め左に捻った。

ガラスのドアは少し音をたてて開いた。

左上についているベルのようなものは、ドアを開けると少し揺れて、リンッと鮮やかな音色をかもしだす。

ドアにかかっている、小さな木のプレートが揺れた。プレートには『貴方の大事なこと、伝えます届けます』と売り文句が書いてあった。

揺れたプレートの表には売り文句が。そしてその裏にも文字が書いてあった。『想い出屋』と書いてあった。

「スエルさんっ!おはようございますっ!!」

ロゼはにっこりと笑うと、大きな声で誰かの名前を呼んだ。

すると店の奥から人がでてきた。一つに束ねた長い髪を揺らしながら、頭に獣の耳を。右目にはモノクルをつけた二十歳半ばの男が、呆れた顔をしながらでてきた。

「まったく……ロゼ君は朝から元気ですね」

そう言った獣の耳を持つ男であるシエス・スエルは、まったく……とぶつぶつ言いながら、目にかかった長い前髪をかきあげた。

「それだけが取り柄ですから!」

ロゼは自信満々にそう答えると、無邪気に笑った。

「では今日もお仕事頼みますよ.今日のお仕事はここから十キロほど行ったところにある、ターン村にいる老夫婦のレベリカ夫妻の所です。

結構近いところにあるので、さっさと行ってきて下さいね」

「ターン村って森の中心のあの村ですか?」

少し不安そうに尋ねたロゼに、スエルは笑顔で返事を返した。口では何も言ってはいないが、有無を言わせぬ邪悪な笑顔。

ロゼにはスエルの笑顔の後ろで、ドロドロとした空気がさまよっているように見えた。

「あそこってC級以上のモンスターがうようよしていませんでしたっけ?」

この世界にはモンスターと呼ばれているものが存在する。モンスターとは獣が自我を失ったり、人を食すことが当たり前になった獣のことだ。

見た目は同じ獣でも、人を守ろうとする優しい獣もいれば、人間を腹を満たすための道具としか考えていない獣もいる。

だがこの二匹を見分けるのは目を見ればすぐにわかると言われている。モンスターと化した獣は目が血走り己以外何も映してはいないからだ。

なので、モンスターを仕留めることを本職にしているハンターがモンスターと間違ええ正常な獣を殺害してしまうことは皆無に等しい。

モンスターとそうでないものの違いはすぐにわかる。と言われていても、一般市民には見分けることはむじかしい。

本職としているハンターか、生物研究者などの特別な職についているものぐらいしか見分けることはできないだろう。

モンスターの強さの位はA・B・C・D・E・Fと六段階にわかれていた。

その六段階の評価から、それぞれの種族や属性まで細かく分別されているのだ。

ロゼの言っていた村へ行くのに、通らなくてはいけない森には通常の人にとって、ひとたまりもないほど強力なモンスターがいる。

中級以上のモンスターが住み着いているというわけだ。

「そうですけど?何か文句でもあるのですか?」

ロゼの額には汗が滲んでいる。何の変哲もないスエルの言葉が、どこか刺々しく聞こえるのは気のせいではないだろう。

いつもと同じはずの笑顔のはずなのに、背筋の寒気がより一層酷くなる。

「いや……そういうわけではないんですよ。ねぇ?」

「ねぇ?と言われても困るんですけどね」

ロゼは渇いた笑顔をうかべながら後退する。一歩後ろに下がると、スエルは一歩前へとでる。二歩下がると、二歩前へでる。

その繰り返しで、お互い元の場所から十歩ほど歩いた。意を決してロゼは怯えながらスエルを見る。少し震えた声で疑問を投げかけた。

「なんでこっちに来るんですか?」

「貴方が私から逃げるからじゃないですか?生き物は逃げられると、本能的に逃げる獲物を追いかけるものでしょ?」

「でしょ?と言われても困りますよ」

二人は少し前に話していたことを逆にして繰り返していた。

ロゼはこのままいつ終わるのかもわからない、堂々巡りをしても仕方がないと、自分の中の結論だした。

さっさと仕事にでてしまおうと、ロゼは仕事用の大きい鞄を方に担いだ。

「じゃあ、そろそろ行ってきますね」

かわいらしい建物である会社から、外へと飛び上がろうとした。

そのとき後ろから服についているフードを引っ張られる。ロゼは運動に身を任せて、背中から無様にひっくりかえった。

「貴方はどうしてこうも馬鹿なんですか?」

ロゼは背中を地面につけている状態で、恨めしそうにスエルを睨む。

そんな目で見ても無駄だということは、十分に理解したつもりだったが、見ずにはいられなかったからだ。

「そんな目で見ないでくださいよ」

頭の上から響いてくるスエルの呆れたような声。

「ロゼ君、まだ届けてもらうもの渡していませんよ?」

その言葉を聴いたとたん、顔色がいっきに青くなった。しまったとでも言いたげな、焦った顔をしてスエルを見上げている。

勢いよく立ち上がると、スエルの手から手紙を受け取るために、声をかけようとした。

「まったく貴方はどこぞの漫画のような、お約束な展開とボケはやめて下さい。毎度毎度のことで突っ込む気にもなりませんよ」

はぁ、大きくため息をつきながら、仕事の本題の半分である少し分厚い手紙をロゼに手渡した。

手紙には金と同じ価値を持つシールが、宛名が書いてある少し上に貼ってあった。 

シールの柄は桜で、中心に50ペストと印刷してある。ちなみにこの国で1ペストとは、地球の日本という国でいう約2円だ。

ロゼは自分の手で握っている、普通より分厚く重い手紙を凝視している。

「それにしても、分厚い手紙ですね」

「手紙が分厚かろうと薄かろうと、私たちには関係のないことですから。さっさとこの手紙を届けてきて、あれを調べてきてください。

貴方の仕事はまだうんざりするほど残っているんですよ?さくさく進めなきゃ今日は寝られません」

スエルは普段から馬車馬のごとく働いているロゼに、感謝の言葉の一つもなくキツイ言葉を浴びせる。

少しむっとした表情をしていたロゼも、言いたい言葉をぐっと飲み込んでいつもの表情にもどす。

長年一緒に働いているだけあって、その先に起こるであろう出来事はわかっていた。

彼に反論したところで、もっと酷い言葉を浴びせられるのは過去すでに体験済みだったからだ。

「では、いってきます」

不満なところも多々あるが、とりあえず自分の今日のノルマを終わらせるべく、ロゼは店の庭から大空へと飛び上がった。

















ロゼが気持ちよさそうに飛んでいるのは、雲一つないとまではいかないが、とてもよく晴れた空だった。

太陽の光を体中に浴びながら、ロゼは早く仕事を終わらすために、スピードを上げて飛ぶ。

たまに吹く風がとても心地よくて、ロゼの髪をゆらしながら通過していく。

なんとなく地上を見てみると、そこにあるのは一面の緑。ロゼの髪と同じように、葉が風に吹かれてゆれている。

木の葉と葉が互いに擦れあって、サワサワと音を奏でる。

例えそれが仕事を終わらせるためだけに通過している空だとしても、こんなにきれいな空と森とに囲まれてちょっとした優越感。幸せをかみしめていた。

ロゼとスエルの仕事はメッセンジャーと呼ばれているものだ。

メッセンジャーとは主に、伝言や荷物の配達に手紙の配達。仕事内容としては郵便屋とたいして変わらない。

郵便屋と違うところは、確実に安全に送り先に届ける。事故などを理由に配達の過程で荷物がなくなってしまうことは皆無に等しい。

しかも送り主から送り先に届くまでの時間がとても速い。

郵便屋では荷物が届くまで4・5日かかるが、メッセンジャーに頼むと送り主が依頼してから速くてその日。

依頼が多く混んでいたとしても、次の日の夕方までには届けてくれる。

そして二人の仕事はもう一つ。それは思い出を売ることだ。

人間の想い出をガラス玉に魔力をもって封じたもの。そのガラスは想いによって宝石となる。それを売っていた。

そのガラスは、持った者の思いによって脳に直接映像を送り込む。封じた思い出は一般の人とは違う生活をしてきたものの想い出だ。

封じた本人にしか誰の思い出かはわからないので、想い出を持つ本人もあまり不快な思いはしないというわけだ。

幸せに暮らしてきた金持ちや市民は不幸な自分に憧れる。普通の人が味わうことがない不幸を味わって、自分に酔っていたいの

逆に考えて、不幸だった人は幸せな人に憧れる。普通の人が同じく味わったであろう幸福を、味わったことがないからだ。

そんな人々に想い出を売るのが想い出屋の仕事だ。二人は手紙や言葉を届けるときに、届け先の思い出をガラスに記憶させているのだ。

ちなみにメッセンジャーという職業は、特別な能力の持ち主しかする事ができない。その能力とは魔力だ。

この世界の人々は皆魔力を持ってはいるが、皆能力値が低い。よってほとんどの低魔力を持った人は精霊を見ることぐらいしかできない。

高い魔力の持ち主でなくては、その能力を魔法能力として発動させることができないのである。

魔法能力にいたるまでの高い能力を持つ者は、世界中で約十万分の一ほどだと言われている。

魔法能力さえあれば、自分の体を空に浮かせることも可能だ。空を飛んで配達すれば速いし安全で確実なのだ。 

空の上から地上を見下ろしながら飛んでいる。地上では強そうなモンスター達が森の中を歩いている。

モンスター達は獲物を取り合ったり、縄張り争いをしている。それを見ながら目的地を目指すことにした。

そんな風景を見ながら飛んでいると、小さくだが森を抜けたところにある村を見つけた。まだそこまでは少し時間がかかるだろう。

遠くの空からその村を見た感じでは、家の屋根は一軒を抜かして、全て同じ色で統一している。とても小さな村だった。

れ、だよな?」

ロゼは思ったことを言葉にして呟いてみる。郵便用の鞄のファスナーを開けて、中から一枚の地図を取り出した。

地図には目的地と思われる場所に、赤く×印が書いてあった。

地図と森を抜けたところにある町を交互に見てみる。村の場所を確認すると地図を鞄にしまった。

そのまま村の上まで地上と空との距離を確認しながら飛ぶ。村の前まで来ると、ゆっくりと高度を落としていった。

















その村は家が二・三十軒ほどしかない小さな村だった。どの家も壁は薄いクリーム色で屋根は薄い茶色でできていた。

村の広場では、まだ小さな子供が数人集まって駆け回っている。村には静かな風の声と、無邪気な子供たちの笑い声が響く。

「ここ、かな?」

独り言を言いながら、立ち止まったのは一軒の家の前。木で出来た表札には『レベリカ』と彫ってあった。

他の家より一回り小さく出来ているその家を、あらためて正面から見てみる。そして家の敷地内に入ろうと一歩足を踏み出した。

まずは呼び鈴を鳴らそうと、目の前にあるドアの上部についている、呼び鈴の紐を引っ張った。

二・三回引っ張ると、それと同じだけ音がなる。リンリンと綺麗な音がした。

ドアの前で少しの間待ってみる。しかしドアが開く気配も、人が居る気配もしない。

とりあえずもう一度呼び鈴を鳴らしてみる。だが何度やっても結果は同じだ。

これ以上悪あがきをしても仕方ないので、近くにある木に寄りかかる。そのままの体勢で、この後の自分がすべき行動について考えをまとめてみる。

このままここで待っていても仕方ない。だからといって、仕事場に戻るのも効率的ではないので、気がすすまない。

仕方なく近隣の住人に、レベリカ夫妻の行方について聞いてみることにした。隣の家に行くために、少し力を抜いた足に力を込める。

隣の家で再度同じ行動をする。ドアの上部につていた紐を引く。呼び鈴の音がする。

しかし家の中からの返事はない。次は大きな声をだしてみた。

「すいませーんっ! 誰かいませんか?」

このままドアの前で二十秒ほど待ってみる。この家もレベリカ夫妻と同じように、応答はない。

また同じく、ドアが開く気配も人の居る気配もしない。

「あの……」

後ろからか細い声でおずおずと話しかけられる。ロゼは反射的に、話しかけてきたであろう人物の方を見る。

後ろにいたのは背の低い女の子だった。外見年齢は十四歳ほど。

背中まである髪の毛を、後ろで軽く結び、ピンクのシンプルだけど可愛らしいワンピースを着ている。表情はどこか自信がなさそうだ。

「はい、何ですか?」

「えっと、あ……すみません」

特に怒ったり嫌な表情をしたわけでもないのに、理由はわからないがその少女は謝ってきた。

いきなり謝られても、理由がわからなければ返事のしようがない。ロゼも言葉に詰まる。

「いや、謝らなくていいですから」

「あっ……すみません」

その少女は言っているそばから謝ってきた。わざと言っていたら、からかっている口調ではない。これはきっと彼女の癖なのだろう。

「さっき俺に、何か言おうとしていませんでしたか?」

優しく笑って彼女が怯えないように声をかけた。彼女はロゼの顔を見ると、かぁぁと頬を赤く染めた。

「あの、えっと……なんとお呼びすれば?」

「あっ! ロゼアです、俺の名前。 ロゼって呼んでください。 えっと、貴方の名前は?」

絶やさない優しそうな微笑に、少女もほっとしたように笑いながら、簡単に自己紹介をした。

「わかりました、ロゼさんですね? 私の名前はありません。名前いう固有名詞は私には存在しないんですよ。

でも、昔は私の存在にちなんで、みなさんはドールと呼んでくださいました」

少女の言葉を聞いてロゼは混乱していた。名前はない,確かに彼女はそう言っていた。

名前はこの世に自分が存在したときに、両親から貰うもの。生まれてすぐに親を失った子でも、何かしらの理由で得ているものだ。

「じゃあドールさん、貴方の存在にちなんで、ってどうゆうことですか?」

彼女はにっこりと笑って言った。ためらわずにサラリと、常人では理解できないであろう言葉を。

「……私、人形なんです」

「……は?」

人形が動くなんてこと、今まで聞いたことも見たこともなかった。しかも自分の意思を持ってだ。

それは魔力でどうこうなるものではない。文明の機器がないこの世界。だから一番の連絡手段として郵便が使われているのだ。そんな世界に動く人形。ありえなかった。

ロゼは過去に読んだ書物を思い出していた。この世界は数世紀前には、色々な機械が使われていたと。

ボタンを押すだけで相手と話せるものや、四輪の自動で動く箱。そのとき開発していたのが、動く人形。

しかしそれも過去の産物。文献に載っていたのを目に通しただけの知識だ。

「私、十年前に作られたんです」

ますます意味がわからなくなってきた。今の科学力じゃそれは皆無だ。有名な科学者でもまだそんなこと出来ない。

「私、家の中にいるので何かあったら呼んでくださいね」

彼女はそう言うと、レベリカ夫妻の向かいの家へと入っていった。

この町はわからないことばかりだ。そうロゼは思った。しかし彼女のことなどは考えてもわからない。よって考えても仕方がない。

そこでロゼは気づいた。さっきの少女にレベリカ夫妻のことを聞いてみればよかったのではないか?と。呼び鈴を鳴らそうか考えてみる。

しかし、今さっき話していたのに、すぐに呼ぶのは失礼ではないだろうか。

そう考え、走り回っている子供たちを笑顔で見ている、若い女性に話しかけてみることにした。

「あの、すいません。 俺、メッセンジャーの仕事をしているんですけど、レベリカ夫妻がどこにいるか存じませんでしょうか?」

優しそうに微笑んでいる女性。何かおかしい。ロゼの言葉が聞こえているのか、いないのか。表情が変わらない。

「あの?」

返事を催促するかのように、短く言葉をかける。まただ。表情が変わらない。無視をしているようにもみえない。

そう、それはまるで、自分だけが違う空間にいるような。女性はロゼという存在を認識していないのだ。

もしやと思い、走り回っている子供たちにも声をかけてみる。無駄だとは思ったが、信じられなかった。万が一にでも返事を返してくれるならば、と。

「ねぇ君たち、レベリカ夫妻って知ってる?」

結果は予想通り。子供たちは何もないように走り回っている。その足を止めることも、ロゼに言葉を返すこともしない。

ありえないような話だけど、もしかし自分はこの空間には存在していないのだろうか?そんなことはないと解っていても行き着いてしまった疑問。

ここにはロゼア・マイルという個として存在しているのか。

一度深くまで考えてしまえば、坂道から転がり落ちるように、恐怖がこみあげてくる。

その恐怖に体が動く。ロゼは走り回っている子供たちに触れようと手を伸ばす。

触れた。確かにロゼはそう感じた.だが触れてはいなかった。

自分という障害物などなかったかのように、楽しそうに走る子供たち。今度は向こうから、ロゼの体へとぶつかってきた。

衝撃などというものはなかった。子供たちはロゼの体をすり抜けて、走っている。

ロゼがすり抜けたのではない。すり抜けたのは向こうだった。

「……ここはなんなんだっ!」

思ったことを言葉にだしてみる。怖かったからだ。その空間に存在しているのは自分だけのようで。その言葉を放った瞬間、変化はおきた。

走り回っていた子供たち。それを見て微笑んでいる女性。少し離れたところで、小さな畑を耕している夫婦。歩いている熟年女性。

そこに存在している、ロゼ以外の人間みんなが、歪むと一瞬にして消えてしまった。

消えたものはそれだけではない。人々が消えると同時に、建物も消えた。

二・三十軒ほどあった家は二軒だけになって、村は廃墟同然だった。畑だったと思われるものは荒れ果て草も生え、家だったものは蔓が絡み付いている。

この空間には自分以外の存在はなくなる。それを意識すると、急いで先ほどの彼女が入った家のドアを叩く。

呼び鈴を鳴らしている暇はなかった。ドアを叩く力を調節する余裕も、取り乱す感情を抑える余裕も無い。

「ど、どうしたんですか?」

切羽詰ったロゼに彼女は驚いていた。もちろん彼女は、住民が消えたところを見ていない。ロゼが焦っている理由がわからないからだ。

「人が消えたんですっ!」

その言葉を聞いても、彼女にはなんの変化もなかった。

驚いたり、理解していなかったり、そうゆうことではなく、それがあたりまえのように。それが普通だとでもいうように。

「ここって何だかおかしいです!」

「……そうかもしれませんね」

望んでいた返事はこういうことではない。ここがおかしいとかそんな事ではなくて。

ただ知りたかったことは、肯定ではなく理由だ。ロゼにとって自分が納得できるだけの理由が欲しかった。

納得しきれていない頭の中で、いろんな想定の中から無意識のうちに答えを探す。

欲しかったのは肯定してくれることではなく、理由を明確にして自分を安心させてくれること。

「えっと、一日に一時間。ご主人様がいなくなった後でも、こんなことがあるんです。

一日のうちで何時かは決まっていないんですけど……」

「どうゆうことですか?」

わからないことが多すぎた。一日一時間だけ、この世界に現れるということはどうゆうことなのか。それは霊と呼ばれるものの一種なのか。それとも。

「あの、私についてきてくれませんか?」

ロゼは何も言わなかった。返事は行動で返した。

かわいいサンダルを履いた彼女は、そのまままっすぐ自分の家の目の前にあるレベリカ夫妻の家の前へと歩いた。

ワンピースのポケットから、シンプルな鍵を取り出す。それを鍵穴にさしこむと、ゆっくりと回した。

カチャッと鍵穴から、ドアの鍵が開いたであろう音がする。

ロゼはずっと考えていた。彼女だけがこの町から消えない理由。そして、レベリカ夫妻の家の鍵を持っている理由。

ゆっくりと家の中に入る。彼女は家の間取りをわかっているらしく、迷うことなくある部屋の前に立ち止まった。

カチャリとドアが開く音。開いたその部屋の中には、人一人ほどの大きさの機械が置いてあった。

「これなんです。この村の住民たちの理由」

「これって、今の人間にこんな科学力があるのか?」

ロゼは驚いたように声を大きくした。

今まで文献の中でしか見たことがなかった、はるか昔に人間が造ったといわれている機械が、今目の前に存在しているからだ。

「ロゼさんが探している方ってレベリカ様じゃありませんか?」

彼女はそこまでわかっていた。今日会って、まだ一時間もたっていないけど、なぜか彼女にはわかってしまった。話したことはなかったのに。

「よくわかったね」

ロゼは誤魔化したりしないで、素直にそれを認めた。自分の目的であったはずの老夫婦のことを。

それはきっと今日起きたことに、二人が関係していると思ったから。

「私の知ってることお話します。……だからお願いがあります。ロゼさん、私の記憶を思い出の宝石として、誰かに売ってください」

それは予想してない言葉だ。プライバシーの侵害や、思い出の持ち主が不快になることはない。それが最低限の思い出やのマナーだ。

それは本人に思い出を宝石にしたことを、伝えていないからという理由もある。

基本的に人間は、自分の思いを他人に見られたくないと思っている。

自分の思い出が使われていることを知らない。だから不快にもならない。

だからと言って、自ら自分の思い出を売ってくれ。と願う人物は今までこの仕事をしてきた中で、現れたことがなかったから。

「どうゆうことですか?」

なのでロゼの疑問はもっともだ。思い出を回収するようになって、時間はだいぶたった。

思い出屋の中で、ロゼが働いているスエルの店は有名だ。元々思い出屋の数じたいがないので、何ともいえないが。

あまり思い出屋の場所はしられていないから。

そんな有名店で働いているロゼが経験したことがなかった。

「……だって私がいたことの証明になると思いませんか?」

「それは、君がいなくなることを前提で考えているの?」

彼女は静かにうなずいた。迷いやためらいはない。最初からそれは決めていたこと。はじめから望んでいたことだから。

「私、確かにここにいたんですよ……」

「わかっているよ。だって俺がそれを証明しているんだから」

「でも私は強欲ですから……きちんとして、残っておきたかったんです」

それは人としての気持ち。機械として生まれて、人間と変わりないがどこか違う何か。

それを埋めるもの。人と同じで一人は嫌だ。自分の存在を残したい。故に覚えておいて欲しい。確かにここに存在していたことをわかってほしから。

「それでも俺は、貴方を忘れないと思います」

それは心からの言葉。ただそう思った。彼女のためだとか、そんなことは何も考えてなくて。ただそれは自分が伝えたいと望んだから。

「ごめんなさい」

唐突にかけられた言葉。前につながる言葉もなく、言葉の意味もよく理解することはできなかったけど。それは精一杯の彼女の気持ち。

「何で謝るんですか?」

もっともな疑問。謝られる覚えはないし、筋合いもない。何も言われてないし、何も言ってはいない。

何も変わっていなかったのに、彼女は謝罪をした。彼にとってはなんの意味もなさない謝罪を。それを理解したうえで。

「……さぁ、何故でしょうか?当ててみてください」

楽しそうに笑う彼女。まだ会って時間はたっていないのに、彼女は強くなった。ただロゼはそう思った。

自分の思いを誰かに託したから。それは半分正解で、半分ははずれ。安心したからだ。自分を覚えおいてくれるなにか。その何かの存在に安心したから。

「それがわからないから、聞いているんですよ」

「それよりも、真実の解明をしませんか?」

それが誤魔化しであることに気づいた。でもそこで彼女の言葉を拒否するのではなく、肯定する形で、彼女のことを理解できたなら。

そうしたら自分はもっと彼女の求めている言葉をかけることができるのではないか?

「わかりました。でも後で、きちんともう一つの答えを教えてくださいね」

彼女はロゼの言葉に少し驚いたように目を大きく開くと、今度は嬉しそうに微笑んだ。

自分のことを知りたいと思ってくれる、その気持ちが嬉しかったから。

「この村の位置、ご存知ですか?」

「森の中心部」

ターン村は森の中心部に位置している村だ。周りには中級以上のモンスターが、人間を襲い、同士で戦い、縄張りを守っている。

「このターン村は、二十年以上前にモンスターに襲われ滅びた村だと、私を作ってくれたお爺さんとお婆さんは言っていました」

この言葉で一つの問題と答えが繋がった。機械によって現れた人が消えた後に残ったもの。廃墟となった村。

そして、機械が作り出した物と何一つ変わらない、彼女とレベリカ夫妻の家。それは彼女がこの二つの手入れをしていたから。

「そのとき二人の孫も殺されたらしいです。ちょうど二人は買い物に隣町に市まで行っていたそうです。帰ってきた村には誰一人として、生存者はいなかったと言っていました」

それは壮絶な話だった。モンスターが人間を襲うのは、よく聞く話だ。

だが村を襲うなどということは、聞いたことがない。それはどこか他の村でもあったかもしれない出来事。

だが伝える人間が生存指定なければ、誰も知るはずがないできごとだからだ。

「そのとき殺された孫が生きていたならば、私ほど育っているだろう。と、二人は私を造ってくれました。

でもそのとき、まだ感情というものが私にはなかった。ただ言われたとおり行動するだけ。それはただの人形です」

彼女は二人の夫婦にとっての失敗作だった。感情を持った、もう一人の自分たちの孫。それを願い思い信じ造った。ただ一つ欠落していたが。

「寂しくて寂しくて、二人は元の村を求め、あのときの村を立体映像として造りました。そのための機械がこれです」

彼女はそう言いながら、傍にあるその機械の上に手をのせた。優しくそれはまるで撫でるように、手をゆっくりと動かす。

人は一人では生きて行けない。人生を共にする夫婦という存在があってもだ。

その寂しさを補うために他人がいる。完璧ではない人間の中の空間。それをお互いに埋めるために他人がいる。

だから人々は友を求め、恋人を求め、家族を求める。寂しさを補うため。一つになるため。完璧になるため。

「いつからか私の中に感情というものが出来ました。それは誰かによってではなくて、お爺さんとお婆さんの寂しいという感情。

無念にも命を落としてしまったこの村の人々の、魂が訴えかける気持ち。それが私の中に流れてきたから」

彼女の存在はこの村の人々の重いで出来たもの。殺されてしまった人々の無念が、彼女の感情を生み出したのだ。

人々の無念が解き放たれるまでの、それは泡のような存在。死者の見る夢のような存在。

「でも私の中に涙を流すことだけが欠落していたんです。それから、二人はとても大事にしてくれました。

そして、しばらくしてお爺さんが死んでしまった。後を追うようにお婆さんも……」

残されたのは彼女。自分の機能が停止するまで、ロゼ以外の誰と触れ合うことも無く、一人死んでいく彼女。

悲しくても辛くても泣けない彼女。その思いを自分の中に残すしかない。

機械が無くというのは可笑しな話かもしれない。でも確かに彼女は泣くことを望んでいた。

レベリカ夫妻はコードを彼女に伝える前に亡くなったのだろう。それともあえてそれを伝えなかったのか。

彼女を思っているが故に、例えそれが彼女にとって辛い思いをすることだとしても。自分の我侭のために死んで欲しくなかったのかもしれない。

しかしそこで気づいた疑問。それはなぜ夫妻が亡くなった後にもかかわらず、あの機械が今も起動しているのか?ということ。

とりあえず、その疑問をかたずけることにした。

「ちょ、ちょっとまってください!」

そう言うと、彼女は不思議そうな顔をしてロゼの顔を見る。彼女と取引したはずの理由は全て話したはずだ。それなのに何故?と

「どうしたんですか?」

「それなら何で、その機械は今も起動しているんですか?」

「……え?」

彼女にとってもそれは解らないこと。毎日毎日それはすでに当たり前の出来事だった。

だから特におかしいとも考えたことがなかった。それが今、第三者からの疑問として浮かび上がった。

「ドールさんが機動させている、ってことはないですよね?」

「ち、違います!私、機動のさせ方なんて」

彼女が嘘をついているようには見えなかった。それ以前に彼女がロゼに対して嘘をつく理由も無い。

「私、どうして気づかなかった……」

訪れた自己嫌悪。それは亡くなった全ての人の訴えだったかもしれないのに。

亡くなった夫妻が死ぬ間際に伝えようと、機械の中を変更させたものだったかもしれないのに。

次の言葉は泣くことはないが、震えている彼女の疑問。

「今も一人死ぬことの無い私を叱っているのでしょうか……?」

音が響いた。

「ふざけんなよっ……!」

彼女は頬をおさえ、目を見開いたまま動きを止めた。

ロゼは今までに無い低い声をだした。彼女が驚いたもう一つの理由。

それは、今まで優しそうな笑顔を向け、自分の求めていた言葉をくれたロゼがこんな言葉をいうとは思っていなかったからだ。

「レベリカ夫妻は確かに貴方のことを思っていた。ドールさん、そう言っていましたよね?

二人は思いをこめて貴方を造った。わかっているのにどうしてそんなこと言うんですか?」

彼女はロゼから視線をはずし、ゆっくりと下を見る。二人かが亡くなってから一年。床には埃一つ落ちていない。

毎日彼女が掃除をしているからだ。彼女を愛してくれた夫妻へのせめてもの恩がえしとして。

それは意味のない行為だとわかっていた。しかし彼女はやめることが出来なかった。確かに愛されていたことは理解していた。

その行為は自分の罪悪感のために。二人が死をどんなに辛く思っていたかも知っていたのに、二人の傍に行きたいと願っている自分の罪悪感を消すために。

「……私、甘えていたのかもしれません。お爺さんとお婆さん、そしてロゼさん…貴方に」

自分が望んでいた言葉を、建て前ではなく本音として言ってくれた彼。それがささやかではあるが、人を好きになる気持ちだと理解したかはわからないが。

「どうして貴方は……」

そこで言葉を切る。きっと今の彼女の笑顔は本物だ。そうロゼは確信した。今までに無い嬉しそうな微笑。

「どうして貴方は、そんなに優しいんでしょうね?」

その言葉をまだ理解できていないロゼは、キョトンとした顔をしている。そしてやっと意味を理解したのか、しだいに顔を真っ赤に染めていった。

「え、そっそんなことないですよっ!」

こんどは彼女がロゼの表情を見て驚くばんだった。そしてもう一度はじけた様に笑う。そんな彼女の笑顔を見て、ロゼの照れたように笑った。

「少しくらい自惚れても良いですよね?」

それは聞こえないくらいのかすかな声だった。その言葉は自分への言葉。ここにある住民の魂への返事。

「きっと毎日この機械が動くのは、私と同じです」

「え?」

突拍子も無い彼女の言葉。その言葉にロゼは反応することが出来なかった。彼女と同じとはどうゆうことか、理解することができなかったから。

「自分という存在を覚えて欲しかったからですよ」

その言葉を聞いてロゼは、何だそんなことか。とでも言いたげな表情をした。何故ならそんなこと、ロゼの中では既にきまっていたから。

「大丈夫ですよ!だって、俺がいるじゃないですか」

自信満々にそう言いきったロゼに彼女は嬉しそうに笑う。二人をまとう空気が、どこか優しくなったように彼女は感じた。

きっとそれは勘違いではないだろう。ここの住民だった人もきっと喜んでいる。そう感じたから。

「さっきの話の続き、聞いてくれますか」

「……それは、さっきの謝罪の続き?」

彼女は静かに頷いた。さっき内緒だと言ったのは恥ずかしかったから。あまりに純粋な貴方の言葉。

それはわかっていたのに、疑うことをやめられなかったのは彼女。

「貴方のこと信じきれなかった。貴方が本音を言っていたのはわかっていたのに」

ロゼは不思議そうな顔をして彼女のことを見た。

「でもあたりまえでしょ?会ってすぐの人なんて、信用できるわけ無いですしね。

でも俺の言葉真っ直ぐに受け止めてくれたこと、辛いって言わないこと。それはちょっと頂けないとおもいますよ?」

ロゼが笑う。まるで子供がいたずらでも見つかったかのように笑う。それは歳相応の笑みではなく、もっと子供っぽい笑顔だった。

「……すいませんでした。うれしかった」

「違いますよ」

それは否定。すいません。そう言ったところで、何も意味は成さない。それをロゼはわかっていた。成すべきこと、それは謝罪ではなくて。

「うれしいときは、ありがとう、ですよね?」

彼女の微笑みと一緒に風も笑った気がした。笑うことはいいことだ。それが全て、自分たちの力になる。

「俺、本当は貴方にこれを渡すために、ここまで来たんですよ」

そう言うとロゼは郵便鞄のファスナーをひっぱり、中から少し分厚い封筒を出した。それを何も言わずに見つめている彼女に渡す。

「これ、貴方にです」

そのロゼの言葉を聞くと、彼女はおずおずとその封筒を受け取った。

あて先を見てみると、書いてあったのは、自分を造ってくれた夫婦にあてたもの。驚いてロゼの顔を見ると、優しい笑顔で笑ってくれた。

「どうしてこれを私に?」

「どうしてって、だって貴方はレベリカ夫妻の娘ですよね?」

さもあたりまえのように言い切ったロゼに、彼女はびっくりしたような顔をするが、またすぐに今までと同じ笑顔に戻った。

造られた存在である彼女がを、それでもレベリカ夫妻の娘だと言い切った。失敗作である自分に、嫌悪していた。

自分の夫婦にとっての存在意義に、疑問を覚えていた彼女にとっての、望んでいた言葉。それをまた意図も簡単に言ってしまったのだ。

「でも、何でお婆さんは私に手紙を?」

「きっとそろそろ自分が長くないこと、解っていたんですね。だから日付を指定して、この手紙をだした」

空白の一年間。それは感じ取れなかった命の誤差。

死ぬときは置いていかれる人の方が、悲しい。それはわかっていた。だがお爺さんを亡くした、お婆さんを支えてくれたのは彼女だから。

今度は置いて行かれたくなかった。それが相手にとっての苦痛だとしても、愛する人に看取られて死ぬことを選んだ。

例え人ではなくとも、同じ時を生きた自分の最愛の娘の胸の中で永遠の眠りにつこうと。

彼女は封筒の上部を指で切ると、中から手紙を取り出した。

ゆっくりと手紙を読んでいく。その手紙にはお婆さんの、彼女に対する思いが書いてあった。

そして最後の一枚の上部。最初の一行目に、この下に書いてある言葉は声に出して読むこと。そう書いてあった。

「そういうことだったんですか」

お婆さんは彼女を本当の娘のように思っていた。だから彼女のコードをその言葉にした。一番伝えたかったことを、伝えようと。

「なんだ、泣けるじゃないですか」

彼女は驚いたように自分の顔を触った。確かに顔は雫で濡れていた。

今まで何があっても泣けなくて。それはきっと感情が欠落していたからではない。

寂しかったから。自分の望んでいる言葉をかけて欲しかったから。それはロゼと一枚の紙によって、達成されたのだ。

「それに、証明できたでしょ?貴方が二人の娘って」

どうしてこんなにも彼は他人を思ってあげられるのだろう。どうしてこの人の隣はこんなにも温かいのだろう。

それは、雪が溶けて春がくるような。そんな気持ち。

「私の記憶、形にしてください」

彼女の言葉にロゼは静かに頷く。ジャケットの中から小さな硝子玉を取りだす。それを

彼女へと向けるとロゼは静かに言霊をつむいだ。それは彼女へ囁くように。

「想いでの結晶」

同時に手の中の硝子が輝いた。光がやむと、ゆっくりと手を開く。手の中にあったの

ピンク色の小さいが強い輝きを放つ宝石だった。

「これが貴方の想い出ですよ。この宝石はその人の気持ちが、強ければ強いほどよりいっそう輝きが増すんです」

彼女はロゼから自分の想い出の宝石を受け取った。それは光が反射して、キラキラと輝いている。

なんだかとても嬉しくなった。もしかしたら、自分の気持ちもこんなにも綺麗なのかな?と、そう思えたから。

彼女は華のように笑った。その笑顔は誰へでもなくロゼに向かって。

儚く消えそうな微笑ではなく、やりとげたような満足をした微笑。彼女は自分の闇を断ち切ったんだ。だからこんなにも心から笑える。

「私、ロゼさんのこと好きだったのかもしれません」

彼女の言葉を聞いて、一気に顔を染める。きっと今のロゼは耳まで真っ赤なはずだ。そんなことを言われたのは初めてだったから。

ロゼは彼女の求めていたものを与えた。欲しがっていた言葉。彼女の存在意味。

そして、今では胸を張って両親だと言える、二人の本音。そして、最後に自分自身で終止符を打つことを。

「…・・・ありがとう」

それはさっきの約束の言葉。嬉しいときには、ありがとうを言おう。

謝ってばかりでは寂しいから。ありがとうだと、ほら一歩距離が縮む気がするから。

『永遠に君を思おう』

それはコード。婦人が彼女のために残したコード。自分の本当の想いと共に、自分自身で終止符を打つために。

これが終わりの時なんだ。そう漠然と感じた。体から力が抜けていくような、何だか少し寂しい感じ。

今なら気持ちがわかった気がした。大切な人のそばで、終止符を打つこと。残されるのは辛いから。せめて少しでも長く、貴方の記憶の中で自分自身が生きていけるように。

お婆さん、私やっと人間になれましたか?

彼女の体は床へと倒れこんだ。それはもう体でしかなくて。ただの人形。魂の残されていないただの人形。

彼女が持っていた自分自身の記憶の宝石。

それが重力逆らうことなく床へと落下する。弾むことなく、丸いそれはコロコロと少し転がっていった。

ロゼはしゃがみ、優しく床にある宝石を自分の手の中に包み込んだ。彼女の想いを傷つけないように。優しく、優しく。

呆然とその宝石を見る。それは婦人から彼女へのプレゼント。誰かの前で、終止符を打つ。意味のある終わりにしてあげることが、せめてもの願い。

「こんな別れかたしたら、嫌でも忘れられないじゃないですか」

けして忘れる気は無かったけど。それはまだここにいるであろう、彼女の魂に語りかけるように。

まだ彼女がここに存在しているような気がしたから。きっとそれは間違えではない。だって彼女は、今宝石となってロゼの手の中で、永遠の眠りを。

彼女の体をこのままにしてゆっくりと立ち上がる。手の中の宝石が光っている。

家の外にでると、人差し指を彼女が眠る夫妻の家へと向ける。

「滅却せよ」

そのロゼの言葉に従うかのように、炎が燃え上がる。家を包み、機械も彼女の体も一緒に。

誰かに悪用などされないように、みんなやすらかに眠れるように。

それは願いだ。自分に一途な想いを伝えてくれた彼女への、せめてもの返事。

好きという感情は無かったが、優しく笑った彼女の笑顔に安心したのも確かだったから。

まだ会って半日しかたってはいない。だが胸の中にある喪失感。今までに無い寂しい気持ち。

ロゼはこのまま、日が暮れ、火が鎮火するまで静かに時を待った。今はいない彼女を思いながら。

火が消えるのを確認すると同時に、ゆっくりと空へと飛び上がる。少し肌寒い夜風を浴びながら、自分が働いている店を目指した。

















ロゼは店の前で大きく深呼吸した。ドアには『本日の営業は終了しました』という気のパネルが掛けてある。

つまりそれだけ時間をついやしてしまったということだ。これからの自分が頭の中に浮かんでくる気がした。

スエルは朝、たくさん仕事があると言っていた。

ということは、自分がやらなかった仕事は全てスエルに回されたと言うことで。きっと怒っているだろう。いや、確実に怒っているだろう。

心の中で覚悟を決める。大きく息を吸い込んで吐き出した。そしてもう一度息を吸い込み、今度は声にする

「遅くなりました!ロゼ、ただいま帰りました」

この後彼がどうなったかは、二人のみぞ知る。















 +   +   +

あとがき。





はい。これは気づいたら日数ギリギリで、焦りました…!

その結果見事に一日で書き上げたぶつです。しかも貫徹で

よって支離滅裂、文章滅茶苦茶、誤字脱字多し。という最☆悪な物になりさがりました。

もう、どうしようもない……

次からもっと成長するように、ファイト自分!!

でも、日々退化してそうな自分が情けないですよ…(トホホ)




















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